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大分地方裁判所臼杵支部 昭和28年(モ)51号 判決 1954年10月20日

申請人 合資会社三石耐火煉瓦津久見工場

被申請人 根之木幸人 外六名

主文

申請人と被申請人等との間の昭和二十八年(ヨ)第二四号立入禁止並妨害排除仮処分命令申請事件について昭和二十八年九月九日当裁判所のなした仮処分はこれを取消す。

申請人の本件仮処分の申請は之を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請人代理人は主文第一項記載の仮処分決定を認可する旨の判決を求め、申請の理由として次のように述べた。

(一)  申請人は津久見市大字津久見浦三千八百十九番地で耐火煉瓦の製造を業務とする合資会社(以下会社という)であり、被申請人等は申請人の従業員をもつて組織された、三石耐火煉瓦津久見工場労働組合(以下組合という)の組合員で、昭和二十八年四月十日被申請人根之木幸人は組合長に、同小野勝海は副組合長に、同田村薫は書記長に同菅格一、同福田敏雄、同中野貞次郎及同山崎正人は孰れも執行委員に就任した。而して会社と組合との間には、昭和二十八年四月一日、有効期間を一年とする労働協約(以下協約という)が締結せられ、又会社の作成になる就業規則(以下規則という)は、昭和二十二年六月二十六日から施行せられていた。

(二)  ところが、昭和二十八年七月三十日旧盆手当の要求を端緒として、会社組合間に紛議が発生したのであるが、争議行為通告までの経過は次の通りである。即ち、

1  昭和二十八年七月三十日組合は会社に対し、旧盆手当として一人当り金六千円の支給を要求してきた。然し会社としては、中小企業としての経済的苦境を打開する為昭和二十七年度中に機械設備を整え、再建の一歩を踏み出していくばくも経つていない時で、会社の経理状況は銀行管理にも等しい状態にあつたので、到底この要求に応ずることができないところから、会社代表者が個人の財産を処分して、一人当り金五百円を贈与しようとしたが、組合は之を拒絶し、数回に亘る交渉を経ても解決を見るに至らなかつた。

2  ところが組合は同年八月六日に至つて突如として、従業員である梅田武平治、宮本嘉一、加藤要、川野利明及和田直一、以上五名の解雇を要求してきた。元来組合員の中には、急進派と穩健派とがあつて、日常互に心打解けぬものがあり、右五名は後者に属していた。たまたま昭和二十八年七月二十六日右五名が会社の労務係長小野正彦方に夏祭招客後の余肴の接待を受けた事実を誤解して、組合を裏切つて会社と通じたものと目し、右五名をして組合を脱退するの止むなきに至らしめた。然るに組合は、右脱退を無効なものとし、右五名が小野正彦方に招待された事実及旧盆手当より先に給料の遅配を解決すべきことを主張した事実を捉へて、組合の共同目的に違反し、その統制を乱したものとして、同年八月四日緊急臨時組合大会を開き、右五名欠席のまま、同人等を組合から除名した上、協約第七条及第八条に基いて解雇を要求してきたのである。然し右除名は組合規約第二十九条及第三十条に照して無効であるが、仮に有効であるとしても、組合を除名せられた者の取扱については、協約第八条によつて会社は組合の意見を参酌の上その身分を決定することになつているので、終局の人事権が会社側にあることは明らかである。そこで会社は屡々組合と協議会を開いてその意見をきいた上で、右五名については解雇しない旨を言明したのである。而して協約第七条には非組合員として第一、三項に特定の職権を明記する外、第二項に「会社と組合が協議決定した者、」とあるし、同項によれば、会社は組合に対して協議義務はあるが、最後の決定権は会社に存することは明白なところである。そこで会社が右五名を解雇しない旨を言明した以上右五名は、右第七条によつて当然に非組合員にして従業員たる身分を保持できるものといはなくてはならない。然るに組合は右五名に対し解雇を強要するのであるが、之は明らかに協約を無視した要求である。そればかりでなくもし会社が組合の要求に応じて右五名を解雇するときは、却つて個人の労働権を侵害することにもなるから、会社は組合の右要求を拒否したところ、組合は右五名をその職場から排除する行動に出たのである。右五名の中加藤、宮本及梅田は組長として職場に於ける作業の指揮命令者であるのに、之を実力をもつてその職場から排除し、会社の作業命令の下達組織を破壊し、あまつさえ何等会社に諮ることなく代行組長を選定して、右三名の職場を占拠したのである。そこで会社は組合に対し同年八月十六日右三名を職場に復帰せしめその作業命令に服するように命じたが、組合は之に応ぜず、しかもこの状態は同年八月六日から同年十二月末までも続いたのである。

3  次に同年八月十七日組合は臨時組合大会を開いて臨時工宮崎寛一外二十五名の組合加入を決議した上、翌十八日右二十六名を本工員に繰入れるべく第三の要求を申出た。そもそも右二十六名は臨時工として之を雇入れ、しかも昭和二十八年四月一日協約締結当時臨時工として存在していたものである。而して協約第七条には、組合員より除外する者を列記してあるが、その第三号に規定する臨時工とは正に右二十六名の如きを指すことは争のない事実の筈である。又臨時工を本工員とするかどうかは、当人の技術、能力等を勘案した上で専ら会社側に於て決定すべきものであり、従来も亦このことは繰返し行われて来たことである。然るに組合は、突如として、右二十六名を組合に加入せしめた上本工員繰入れを要求してきたことは、先に梅田外四名を組合から除名した為に、組合の数的威力が減少したところから、之が不利益を補充せんとする意図のもとに為されたものということができる。組合の右の行為は協約を無視した不法なものであるから会社は右二十六名に対し同年八月二十二日臨時工としての正常業務に復帰するよう命令を下達したが、被申請人等は故らに右命令の下達を妨害したのである。

右三つの要求に関し数回に亘つて団体交渉が行われたが、会社側はその孰れをも認容することができなかつたので、団体交渉は同月二十二日遂に全面的に決裂したのである。ところが組合は即日緊急組合大会を開いて、スト決行を決議し、会社に対して之が通告を為した上同月二十四日実力行使に入つたのである。

(三)  次に被申請人等は争議行為の開始及行為の過程に於ても違法を繰返している。即ち、

1  協約第八十三条及第八十四条には争議行為を開始するに当つてとらねばならない手続を規定してあるのにもかかわらず、之を無視し所謂平和条項に違反して争議行為を開始した。そこで会社は同月二十六日組合に対しその違法であることを説いて正常業務に復帰するように勧告したが、組合は之に応じなかつた。之等は孰れも被申請人等の煽動と指導によつてなされたものである。

2  又ピケッティングを実施するに当つて、非組合員に対し実力をもつてそれが正常な就労を妨害したのであるが、特に前記梅田外四名に対してはその妨害の程度が甚だしく、一旦工場内に入つていた者に対してさえも、実力をもつて之を場外に追い出し、右五名をして同月二十六日から二十九日までの四日間全く就労を不可能ならしめたのである。之は明らかにピケッティングの原則である平和的説得の限度を越えたもので違法な争議行為といわなくてはならない。

3  次は会社の作業上の指揮命令を拒否したことであるが、この状態は既に八月六日から始められていたことは前述の通りである。即ち、加藤外二名の組長を職場から排除する目的で、組長を通じて為さるる会社の業務上の指揮命令を拒否して之に従わず、被申請人等によつて選んだ組長と称する者をもつて職場を占拠し為に工場内の秩序は全く破壊せられ、作業能率は低下し、製品の不良なものが続出して、会社の蒙つた損害は甚大なものであつた。

(四)  このような争議の中即ち、同年八月二十六日組合は地方労働委員会に対し争議の斡旋を依頼したので、同月二十八日及九月三日の二回に亘つた右委員会による斡旋が試みられたが、被申請人等に於て彼等の為した争議が違法であることについて、何等反省の色がないところから不調に終つたのである。会社は本件争議行為が、その目的及手段ともに正当性の限界を超え且つ平和条項にも違反しているものと見るが故に、斯る違法な争議行為を煽動指導し、或は自ら卒先して之を実行した被申請人等に対し、同年九月七日協約に基く協議会を開いた上で、之を懲戒解雇に処したのである。右懲戒解雇の理由を布衍しその基準を示せば次の通りである。

1  本件争議行為の目的は、前述(二)の通りであるが、旧盆手当は会社の現状から見て余りにも過重な要求であつてむしろ不可能を強いるに等しいし、梅田外四名に対する解雇及臨時工の本工繰入は、協約を無視した不法な要求で、孰れも違法であるが、殊に臨時工の本工繰入れを目的として、争議行為に入つたことは、平和義務違反ともいうべきである。又争議行為の開始手続及争議行為の方法が違法であることは前記(三)の通りで、殊に争議行為の手段について、加藤外二名の組長を職場から排除した行為は職場に於ける規律秩序の破壊であり、更にピケッティングは平和的説得の限度を越えた違法なものである。このような違法な争議行為によつて全面的に、上長の指揮命令に対する不服従、職場秩序の破壊という事態を発生せしめたのであるが、更に工場の設備器具の破壊その他工場に損害を加える行為、或は会社の機密を漏洩し会社の名誉を毀損するが如き行為も繰返されたのである。

2  以上のように被申請人等は、組合の執行機関として、常に一般組合員を煽動指導して斯る違法な争議行為を行わしめ、仮に然らずとするも斯る違法な争議行為に対しては、執行機関として之を阻止すべき義務があるのにかかわらず之を怠り、又個人としては争議行為の前後を通じて前述のような各個の不法行為を卒先して実行したもので、右行為は規則第七十三条の第三、四、六及九の各号に該当するものであるから、同条及協約第二十七条に基いて懲戒解雇したものである。

(五)  以上のようにして被申請人等は解雇せられたのにもかかわらず、不法にも会社の工場内に立入り、他の従業員に怠業を強い、違法な組合活動を煽動し、或は会社業務を妨害するので、この状態を放置するときは、会社の経営は危殆にひんする虞がある為、昭和二十八年九月九日大分地方裁判所臼杵支部に於て本件仮処分決定を得たのであるが、右決定は以上述べた理由によつて至当であるからその認可を求める。

(六)  疎明<省略>

被申請人等代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決を求め答弁として次の通りに述べた。

申請人が申請理由として主張する事実の中、(一)の事実は認めるがその余の事実は否認する。

(一)  組合は会社に対し旧盆手当、梅田外四名に対する解雇、及臨時工の本工員えの繰入れという三つの要求を提出したのであるか、それは申請人が主張するように、不可能を強要するものでもなく又協約を無視したものでもない。即ち、

1  申請人会社は合資会社で、所謂同族経営に類し、会社経理は乱脈であり、社長一族の贅沢な生活にくらべて、従業員の待遇は極めて劣悪であつた。旧盆手当の要求に当つては、全よう連で決定した金八千円を下廻る金六千円を、而もこの金額を固執するものではなかつたのに、会社は「無い袖は振れぬ、」の一点張りで、団体交渉に於ては全く誠意がなく、社長は社長個人の金を一人当り金五百円宛出そうと申し出たが、組合は社長個人から斯る恩恵的贈与を受けることを潔しとしないので之を拒絶したのである。会社の生産設備、月生産高及従業員数等から全体的に判断するときは組合の要求に決して過重なものではなかつた。

2  次に梅田武平治外四名についての解雇要求に当つて、組合に所謂急進分子と穩健分子とがあつて、互に対立したような事実はないが、若し自己の保身に汲々として他の組合員の利益を考慮せず或は会社と意を通じて組合を裏切るような者を穩健派と称するならば、それは正しく梅田外四名のことである。昭和二十八年七月二十六日旧盆手当要求に関する組合大会開催の旨を掲示広告するや同日夕刻梅田外四名は会社労務係長小野正彦方に集合し盛夏の候に戸を密閉して密議しようとしていたのを他の組合員に探知せられて詰問せられたことがあり、又常に組合の無用を主張し、旧盆手当の要求に反対して、組合大会に於ては自ら組合を脱退すると放言して退場する等組合の共同目的に違反したり、組合の利益を裏切つて統制を乱したりしたので、組合は同年八月四日の組合大会の決議により、組合規約第二十九条第三十条及第三十一条に基いて右五名を組合から除名したのである。これより先右五名から組合に対し組合脱退届が提出されたが、之は組合規約所定の手続によるものではなく、その上之が諾否については、未だ委員会にも諮られていないので右脱退の効果が発生する由もない。

次に組合を除名せられた者の取扱については、協約第七条及第八条に規定するところであるが、会社は、右五名に対しては解雇しないことに決定したのであるから、之によつて右五名は当然に右第七条第二号にいう、「会社と組合が協議決定した者」に該当すると主張するけれども、右五名に対しては、右第八条の会社の決定の外に右第七条に基く協議を必要とすることは、文面上明らかであるのに、未だ何等の協議もなされていないのである。それで組合は組合の利益を守るため、協約第七条第八条に基いて右五名の解雇を要求したのであつて何等協約を無視した要求ではない。然るに会社は右要求に対し組合と右五名との関係は、組合内部の抗争であつて会社の関知するところではないと称して、之が団体交渉を故らに回避するばかりでなく、却つて右五名の中、加藤外二名を組長として就業せしめ未だ嘗つてなかつた組長の作業命令等と呼称して組合員をして右三名の組長の指揮命令に服従せしめんとしたのであるが、之正に組合活動の妨害に外ならないので、組合は右五名と共同して作業することを拒否しようとしたのである。

3  申請人会社には実質は常傭工でありながら、臨時工と称せられてきた者が二十六名も存在していた。即ち、規則第三条第三号には、臨時工とは「会社操業上繁忙なる場合及必要を感じた際に一時的に雇入れる者」と明記してあるのに、右二十六名は昭和二十八年九月当時短い者で一年七月、長い者で五年四月の勤続年数を持つていたのであるから明らかに右規則にいう臨時工とは異るものであり、しかもその職務能力は、決して本工員に劣るものではなかつたのである。一方協約第七条には非組合員を特定してあり、その第三号には、臨時工を挙げているが、これは規則にいう臨時工を指すもので、右二十六名の如きをいうものではない。そこで右二十六名は当然に組合加入も可能であり、同時に名称並に待遇の変更を要求し得る筈である。それで組合は右二十六名から組合加入の申込みがあつたので、組合大会で之が加入を決定し、続いて会社に対し本工繰入れを要求したのであつて、決して協約を無視した違法な要求をしたものではない。臨時工に対する右のような解釈は協約締結当時から明瞭なものであつたから、組合は当初から会社に対し右二十六名を本工に繰入れるよう主張し続けてきたのであるし、又右二十六名は組合加入を希望しながらも、不利益に取扱われることを虞れて会社に対する遠慮から加入を見合わせていたものである。

(二)  右三つの要求について幾回となく団体交渉が行われたが、会社の最高幹部は逃避し、主として一係長である小野正彦をして交渉に当らせ、しかも団体交渉に当つては「無い袖は振れぬ」とか、「臨時工だから臨時工である」とか、「組合内部の抗争だから介入すべきでない」と繰返し、紛争解決に努力しようとする誠意は微塵もなく、遂には「勝手にしろ、」とまで放言するに至つたので八月二十二日スト権の全面行使を決議し、同日午後零時二十分闘争宣言を発し同時に会社に対して通告をなし、それから四十八時間後の同月二十四日午後零時二十分全員ストに入つたのである。

1  組合は、会社に対する右通告に先だち地方労働委員会使用者委員古手川、同労働者委員下川両名に対し紛争の調停斡旋方を依頼し、よつて両名による接衝が行われたが、会社側は一片の誠意さえ示さなかつたので、紛争を円満に解決する意思はないものと認め協約第八十四条所定の手続を踏んだ後実力行使に出たのである。右実力行使に先だち協約第八十三条に規定する、紛争処理の為に地方労働委員会に調停、斡旋を求めなかつたことは争わないが、然しこれによる協約上の義務は双方誠意をつくして平和的解決に努力して初めて発生する義務であつて、申請人のように、団体交渉に当つて一片の誠意さえなく、その上ストを誘発するような行為に出たものに対しては免除さるべきものである。仮に協約上の義務があるとしても、協約第八十三条及第八十四条は、争議行為開始の手続規定であつて争議権に対する制限禁止の規定ではないからその手続違反は組合の会社に対する債務不履行による責任に止まるものである。

2  元来申請人会社には、規則に定むるような明確な職制が実施せられているのではなく、実体は指揮権とか作業命令とかとりたてていう程のものはなく、必要に応じてその都度工場長なり係長の指揮を受けており、組長とは有名無実で、組長も一般従業員も平等な立場で共同作業をなしており、唯組長が一般従業員と異る点は日報を作成して会社に報告する位のものであつた。要するに組合は解雇要求中の人物と共同して作業することを拒否しただけであつて、組長の作業命令に服せず為に工場内の秩序を紊乱したようなことはない。尚加藤外二名の組長を変更する目的で之等に代るべき者を組合員の中から選出したことはあるが、会社の同意を得なかつたので強いて要求もしなかつたし、又右選出せられた者を組長とし、その組織のもとに作業を推進したことはない。

3  次にピケッティングについて、臨時工と称されていた二十六名は自ら組合員なりと自覚して、他の組合員と同一歩調をとつていたので事実上ピケッティングの対象にならなかつたことはいうまでもない。梅田外四名は従来も反組合的言動があり、会社と通じて組合を裏切つたものであり、スト中は正常な就労のできないことはいうまでもなく、むしろ右五名は会社と通じてストを妨害するものと確信したので、之等が工場内に立入ることを阻止したのであつて、斯ることは正当な行為といわなくてはならない。

(三)  組合側はスト開始後も尚且円満解決を希望して、八月二十六日地方労働委員会に対して紛争の斡旋を求め、よつて二回の委員会が開かれたが、会社側に何等の誠意も認められなかつた為遂に不調に終つたのである。ところが九月七日に至つて申請人は被申請人等を「業務運営上の指揮統卒に従わず工場内の秩序を乱し会社の経営権を不法に侵害した」という理由のもとに懲戒解雇に処したのである。

1  規則第七十三条には同条第一乃至九号に列挙する事項に該当する者があつた場合、労働協議会の議に附した上で懲戒解雇することになつている。然るに本件の場合協議会は開かれたが、協議をつくすことなく、殆んど一方的に懲戒解雇を宜言したのであるから、右解雇は之を無効といわなくてはならない。仮にその点について規則違反でないにしても、組合は極めて民主的に運営せられており、全員の総意によつて決議した事項を被申請人等に於て執行したまでのことであり、又他の組合員を煽動乃至は指導したような事実は全くないのであるから、他に特別の事情のない限り本件解雇は不当というべく、むしろ申請人は組合幹部である被申請人等を解雇することによつて組合の力を減殺し以て争議を有利に展開せしめんとする意図のもとに為されたものであるから不当労働行為というべきである。又本件争議行為をもつて正当なものであるとする被申請人等の側から見ると、申請人の主張するような違法な争議行為を防止しなかつたことから発生するという組合幹部の責任の点については、敢えて答弁の必要はない。次に申請人の主張する被申請人等の個人として為した行為の責任の点については、組合の決議を組合員が共同で之を実行したのであつて、然も正当な争議行為である以上責任発生の余地はなく、争議行為によつて会社の正常な運営が阻害せられ又これによる損害が発生してもこれは争議の性質上当然の結果である。仮に百歩を譲つて多少なりと申請人が主張するような事実があつたとしても、それは前述のような諸般の事情を綜合して見ると懲戒解雇に値する程のものではないから申請人が被申請人等を懲戒解雇したことは、むしろ権利の濫用というべきである。尚申請人の主張するように被申請人等が工場の設備器具を破壊したり、会社の機密を漏洩したり、会社の名誉を毀損したりしたような事実は全く存しない。

(四)  以上のような理由によつて、本件懲戒解雇は無効であるから、本件申請は却下さるべきである。

(五)  疎明<省略>

理由

一、申請人は津久見市大字津久見浦三千八百十九番地で耐火煉瓦の製造を業務とする合資会社であること、被申請人等は申請人の従業員を以て組織された三石耐火煉瓦津久見工場労働組合の組合員で、昭和二十八年四月十日被申請人根之木幸人は組合長に、同小野勝海は副組合長に、同田村薫は書記長に、同菅格一、同福田敏雄、同中野貞次郎及同山崎正人は孰れも執行委員に就任したこと、会社組合間に昭和二十八年四月一日、有効期間を一年とする労働協約が締結せられたこと及就業規則は昭和二十二年六月二十六日に作成せられ爾来引続き施行せられていることは当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第七号証の一乃至七、同第九乃至第十一、同第十五、同第十六、同第十八、同第十九、同第二十三、同第二十四、同第二十七、同第三十七の各号証、乙第四号証、同第五号証の一、三、五、十二、十三、十四、十六、二十三及三十、同第七号証の一及同第十四号証並証人小野正彦、同川野利明、同加藤要の各証言及被申請人根之木幸人、同小野勝海に対する各本人訊問の結果を綜合すると次のように争議の経過事実を認めることができる。

昭和二十八年七月二十六日

同日朝旧盆手当要求の件について、二十八日に組合大会を開く旨の掲示をなす。

同 月  同日

夕刻、梅田武平治外四名が、労務係長小野正彦方に集合。

同月二十八日

臨時組合大会を開き、旧盆手当として一人当り、金六千円を要求することを決議する。梅田外四名が労務係長宅に集合した事実を併せ討議中、右五名は組合脱退の意思を表示して退場する。

同月 三十日

旧盆手当として一人当り金六千円を、臨時工を含み一律に八月十五日までに支給するよう要求する。

八月  四日

緊急臨時組合大会を開き、梅田外四名を組合から除名することを全員一致をもつて議決する。

同月  六日

梅田外四名を協約第七条及第八条に基いて解雇すべく要求する。

同月 十七日

臨時組合大会を開き、宮崎寛一外二十五名の組合加入並会社に対し右二十六名の本工繰入れの要求を夫々決議する。

同月 十八日

宮崎外二十五名の組合加入の決定を会社に通知し同時に右二十六名の本工繰入れを要求する。

同月 十九日

組合長根之木、執行委員福田の両名は、紛争の斡旋調停申請の目的をもつて大分地方労働委員会に出頭したが、会長は出張不在で、二十六日頃帰庁の予定であつた。紛争の解決が急を要する為に古手川、下川両名に斡旋を依頼する。

同月  同日

地労委使用者委員古手川、同労働者委員下川両名は個人的立場から、紛争の斡旋に当る。

同月 二十日

古手川、下川両名の斡旋不調に終る。

同月二十二日

会社は組合に対し二十六名を組合に加入せしめたことは違法である旨を通告し、更に各個人に対しては個々的に組合加入の違法を通知す。

同月  同日

緊急組合大会を開き全面的ストを決議し、会社に対しその旨を通告し同時に闘争宜言を発する。

同月二十四日

ストに入る。

同月二十六日

会社は組合に対し争議行為の違法であることを説き、速かに正常なる業務に復帰すべく勧告す。

同月  同日

会社は組合に対しスト実施中は、工場保安上、工場内の立入を禁ずる旨を通告する。

同月  同日

組合は地労委に対し争議の斡旋を求める。

同月  同日

梅田外四名(組合から除名せられた者)に対しピケッティング開始。

同月二十八日

地労委第一回斡旋。

同月二十九日

地労委会長は組合に対し、ストを解いて平和的空気を作ることを要請する。組合は直ちにピケッティングを中止し、

同月 三十日

一応全員就業し、ストを中止した旨を会社に通知す。

九月  四日

地労委第二回斡旋、然し不調に終る。

同月  七日

会社は根之木幸人外六名の組合幹部に対し懲戒解雇に処する旨を通告す。

同月  八日

会社は大分地方裁判所臼杵支部に対し被解雇者七名に対する仮処分決定の申立をする。

同月  九日

本件仮処分の決定あり。

同月  同日

被解雇者七名は地労委に対し不当労働行為の救済申立を為す。

三、本件争議行為の正当性についての判断

(一)  争議行為の目的について、

1  先づ旧盆手当について判断するのに、証人山本次郎、同小野正彦、同溝口幸太郎の各証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果によつて、会社がある程度財政的に困難の実状にあつたことは認めることができるが、組合は会社経理自体に不信を抱いておることであるから、会社は手をつくしてその経理の実状を説明し、組合員側の納得を求めて自主的に合理的解決点を見出すべく努力しなければならないのに、このことを認むべき疎明は何もない。却つて証人小野正彦、同下川秋義の各証言を綜合すると、地労委の斡旋に際し、会社は、組合側に於て本件争議行為が協約に違反していることを認めない限り斡旋に応ずることはできないとして、之を拒否した事実を認めることができるし、又証人下川秋義の証言によると、右地労委の斡旋に先だつて行われた、古手川、下川両名の斡旋に於ては、会社側には全く誠意のなかつたことが認められる。このように会社は二回に亘る折角の斡旋を徒らに無にして益々争議を紛きゆうせしめたもので、この会社側の態度から見ると、会社側には争議を早期に解決して正常業務に復帰さすべき意思のなかつたことが窺われるし又一面争議が長期に亘つても、会社自体経済的に左程に困らない程度の経理状況であつたことも窺われる。又証人下川秋義の証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果を綜合すると、協議会及団体交渉に当つて、組合側は、「要求額の金六千円は敢て之を固執せず、」と度々明言した事実が認められる。このことから本要求には労使関係の交渉に於て通常とられる駈引きの意味があり、納得ゆくような会社側の説明の有無によつて弾力性を持たせたものであることを認めることができる。して見るとこの要求額と前記認定のような会社の経理状況とを相対して考えたとき、本要求は当然に争議行為の正当な目的となり得るものといわなくてはならない。

2  次に梅田外四名の解雇要求について考えて見ると、昭和二十八年七月二十八日臨時組合大会の開催中梅田外四名は組合脱退の意思を表示して退場したことは前記二、認定の通りであるし、証人川野利明、同加藤要の各証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果を綜合すると、右五名の組合脱退の書面による届出は、同月三十一日組合に提出されたが、之が諾否について組合規約第三十六条に規定する委員会に未だ諮らないうちに、即ち、同年八月四日の緊急臨時組合大会に於て、右五名を除名処分に付したことが認められる。右脱退並除名に対し、形式的手続の上からその効力について夫々争があるので按ずるに、組合規約第三十六条には脱退の手続を規定した上で、「組合長は之が諾否を委員会に諮らなければならない」とあるが、本件に於ては未だ委員会に諮られていない時期に除名処分に付されたものであることは、右認定の通りであるから脱退の諾否について何等の決定もなかつたものである。従つて脱退の効力の発生する余地のないことは明らかである。又除名については組合規約第二十九条、同第三十条及同第三十一条に規定してあり殊に第三十条には、「除名は本人出席の上大会の三分の二以上の票決によつて為される」ことになつている。

申請人は本件除名処分は本人欠席のまま為されたものであるから無効であると主張するが、証人加藤要の証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果によると、除名処分の為された八月四日の組合大会に於ては、梅田外四名に対し右大会に出席するように充分の連絡をとつたのであるが、右五名は既に脱退の届出をしたので出席の必要はないとして、故らに出席しなかつたことが認められる。除名処分は処分を受ける本人にとつては重大な処罰であるから特に本人出席の上で三分の二以上の票決を必要としたのであるが、本件のように故らに出席を拒むような者は、本人自ら釈明の機会と表決の権利を放棄したものと見るべきであるから、このような場合には本人の出席は除名処分が有効に成立する為の要件ではないと見るのが至当である。従つて本件除名処分は有効に為されたものといわなくてはならない。

そこで除名せられた右五名に対する爾後の措置について考えて見ると、協約第八条には、「組合を除名された者の取扱については、会社は組合の意見を参酌の上その身分を決定する」ことになつており、又第七条には「会社の従業員は左の各号に該当する者を除き組合の組合員とする」として一号及三号に特定の職種を限定し、二号に、「会社と組合が協議決定したる者」と規定してある。これについて申請人は、会社は組合の意見をきいた上で解雇しないことに決定したのであるから、右五名は当然に第七条第二号に該当するものであつて、非組合員にして而も従業員たる身分を保持することができると主張する。組合を除名せられた者の取扱について、協約第八条による会社の決定は、終局的にその者に対する身分を決定するもののように一応思われるが、証人小野正彦の証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果によると、会社が第八条に基いて解雇しないと決定したものが、非組合員にして而も従業員たる地位を保持するためには、更に第七条第二号の協議による決定を要するものとする。右証人の証言及右本人に対する尋問の結果にして既に斯のようである以上規定の拙劣の点は別として、とに角第七条は、非組合員にして従業員たる身分を保持できる者は同条第一号乃至第三号所定の者以外には存しないこと、又同時に、同条第一号乃至第三号所定の者を除く他の従業員に対しては、組合員となることを間接に強制した規定であるといわなければならない。して見ると結局組合を除名せられた者の取扱は協約第八条と同第七条第二号とによつて処理せられることになるのであるが、右第二号所定の協議に於て非組合員とすることを否決せられた場合、この者を解雇することの明文を欠いてはいるが、第七条の内容が右認定の通りである限り、会社はその者を解雇しなければならないこととなる。而して右第二号の決定は会社と組合が協議の上合同して為されるものであることは規定上明らかなことであるから、以上の認定を綜合すると、右第二号は本来は右第一号及第三号所定の者以外の従業員で非組合員となるべきものを協議決定するものではあるが、それは同時に組合を除名せられ又は脱退した者に対しては之を解雇すべきかどうかを協議決定する協定であるともいえるのである。右認定に対し之を覆すに足る疎明は何にもない。

そこで組合は組合員の団結権を擁護する立場から、組合を除名せられた右五名につき、会社に対して解雇の要求を為したのであるから、之は正当な要求であるというべく、従つて本要求も亦争議行為の正当な目的となり得るものである。

3  臨時工の本工員繰入れの要求について、申請人は宮崎寛一外二十五名は臨時工であつて、協約第七条に臨時工を非組合員とすることの協定があるのにもかかわらず、組合は右二十六名を組合に加入せしめた上、本工員繰入れの本要求をなしたのであつて、かようなことは協約を無視した行為であるのみならず、本要求をもつて争議行為に入るときは平和義務違反ともなるのであるから、本要求は違法なものであると主張する。そこで協約第七条第三号にいう臨時工の実体について考えて見ると、証人小野正彦、同山本次郎、同播本克已の各証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果を綜合すると、本協約を締結するに当つて、右第七条の「臨時工」を会社側は本工の補助的作業に従事する者だとし、組合側は、規則第三条にいう「会社操業上繁忙なる場合及必要を感じた際一時的に雇入れる者」だと考えていたこと、及臨時工を非組合員とした理由は、会社側は景気の変動によつて何時でも整理の対象となし得る目的があり、組合側は雇用期間が極めて短期間であるから、というのであつたことが認められる。次いて宮崎寛一外二十五名の実体について考えて見ると、前記証人等の各証言及前記被申請人に対する本人尋問の結果によつて、会社が右二十六名を雇入れるに当つて、夫々に対し常用の意思をもつていたことを認めることができるので、右二十六名は規則第三条にいう本来的意味の臨時工でないことは明らかであるが、然し本工員に繰入れるまでの期間右二十六名を慣行的に労使共に臨時工と呼称していた事実も亦之を認めることができる。更に成立に争のない乙第十号証によると右二十六名は雇用せられてから昭和二十八年九月現在まで短い者で一年七月、長い者で五年四月の期間を経過している事実が認められるし、又証人播本克已の証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果から、右二十六名は雇用の形式に於て、その作業の内容に於て、本工員と殆んど変らないことが認められる。以上の事実を綜合すると右二十六名は本来の意味の臨時工ではなくて、常用工ではあるが、唯便宜上本工員となるまでの期間臨時工と呼称せられていたに過ぎないものであることが明らかとなる。

それでは協約第七条所定の臨時工が、果して具体的に右二十六名の如きを指すものであるか、それとも将来雇用せられることを予想しての規則第三条所定の臨時工をいうのであるか、ということは、にわかに断定できないところであるが、とにかく労使双方とも協約第七条所定の「臨時工」に対し互に異つた意味内容を期待しつつ、しかも全体としての本協約を成立せしめたもので、証人小野正彦の証言によると、臨時工の概念内容について、労使双方間に充分ではないが協約第五条による協議がなされたけれども、結局それは解明されなかつたことが窺われるし、又このような場合第三者によつて具体的妥当な解決をして貰うような特別な制度も協定されていないので、本協約が団体交渉によつて成立したと同じように、臨時工の概念内容についても亦団体交渉によつて具体的に之を決定しなければならないものである。

組合は、前記認定のように右二十六名を協約第七条にいう臨時工ではないと考えていたが故に、当然組合に加入せしめ得るものとして取扱つたまでのことであり、その上で更に本工員えの繰入れを要求したものであつて本件の如き場合は他に特段の事由のない限り之を違法な措置と見るべきではない。又本工員えの繰入れ要求を通じて、臨時工の概念内容の決定、同時に右二十六名を組合に加入せしめたことの可否も併せて決定せられることであるからこの要求自体を協約違反と見ることはできないので、本要求も亦争議行為の正当なる目的となり得るものといわなくてはならない。

(二)  平和条項違反について、

組合が昭和二十八年八月二十二日会社に対し全面的スト権の行使を通知して、同月二十四日ストに入つたことは前記二、に於て認定した通りである。而して協約第八十三条には、「会社及組合は団体交渉を反覆しても争議が解決しないときは、地方労働委員会の斡旋調停若しくは仲裁を求め鋭意平和的解決に努力しなければならない」と規定し、同第八十四条には、「第八十三条によつて解決を図ることができず実力によつて解決を図らねばならない時は、争議通知書を作成して相手方に通知してから四十八時間後に争議行為に出ることができる」と規定してある。然るに本件ストが右第八十三条所定の手続をふんだ後に為されたものでないことは当事者間に争はないが、成立に争のない乙第四号証によると、スト行使を会社に通知して四十八時間の所謂冷却期間をおいてストに入つたことは之を認めることができる。唯この場合は右第八十三条所定の手続をなした後の冷却期間ではないけれども、右第八十四条所定の形式だけはふんでいることであるから、一応右同条の手続は履行されたものと見るのが至当である。して見ると本件の争議行為は右第八十三条に違反したものとなるのであるが、右本条は会社と組合との関係を定めた協定であつて、争議行為は地方労働委員会の斡旋、調停若しくは仲裁を求めた後でなければ行わないという、争議の開始に関する手続的な制約を定めたもので、争議権そのものを放棄したものではないのであるから、之に違反して為された本件のような争議行為は、その限りに於て違法であるというにとどまる(之による被申請人等の責任の点については後記四、1及2)

(三)  争議行為の手段について

1  加藤外二名の組長に対する職場からの排除

証人小野正彦、同山本次郎及同川野利明の各証言を綜合して、組合員は昭和二十八年八月上旬頃から組長である加藤外二名の労務に関する指揮命令を排して直接係長の指揮を受け、右三名を含む、組合から除名せられた五名をその職場から排除する言動があつたので、会社は組合と右五名との摩擦を避ける為に、同年九月頃止むなく右五名の職場を変更したことを認めることができるし、又同年八月四日緊急臨時組合大会に於て右五名は組合から除名せられたものであることは、前記二、認定の通りである。して見ると本件で問題となつている加藤外二名に対する職場からの排除は、当初は争議行為として為されたものではなく、組合員各自の右三名に対する感情から個別的に組合とは関係なしに斯様なことが行われたものと見るのが妥当であつて、スト開始後は右同人等に対するピケッティングとなつて表われたものである。右認定の事実と、前記二、の認定事実並びに弁論の全趣旨とを綜合して、本行為は始めは個人的或は個人の意思に基く集団によつて行われていたものが、スト開始後は組合員の団結が強まると同時に会社に対する対抗意識も烈しくなつてきた為に、スト中止後は前記主張を貫徹する意味を含めて組合の統一的行動となつたものと見るのが至当である。それで強いて論ずるならば、スト中止後の本行為は右三名の組長を介して行使される範囲に於ての会社の労務指揮権を排除するという争議行為の一形態と見られるので、斯様に見る限り之は正当な組合活動といわなくてはならない。唯スト中止前の本行為は個々的のものであるからその責任については四、に後記する。

2  ピケッティング

組合が昭和二十八年八月二十六日以降同月二十九日まで、先に組合から除名せられた梅田外四名に対してピケッティングを行つたことは前記二、認定の通りであるが更に成立に争のない甲第二十三号証及証人山本次郎、同川野利明の各証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果を綜合すると、右ピケッティングは十数名の組合員が、申請人工場出入口付近に互に接着して横に一列を作つて行われたもので、右五名の内川野利明が特に強硬に右ピケラインを突破しようとしたものであるが、それでも暴行等の所為はなかつたし又申請人主張のように工場内に居た者を場外に押し出した事実も存しなかつたこと、及右ピケッティングによつて右五名は前記八月二十六日から同月二十九日までの四日間工場内に立入ることができなかつた事実を認めることができる。そこでこれが当否を判断するのに、被申請人小野勝海及同根之木幸人に対する各本人尋問の結果によると右五名は従前から組合の無用を主張しており、旧盆手当の要求に当つては之に反対して反組合的態度を露骨に表示し、同年八月二十六日旧盆手当要求の為の組合大会開催の告知が為された当夜、工場から一里余も距つた小野労務係長宅に集合して故らに組合側に刺激を与えたり、更に同月二十八日に開かれた臨時組合大会に於ては組合脱退の意思を表示して、右五名挙つて退場した事が認められるし、又右五名が同年八月四日緊急臨時組合大会に於て除名処分に付されたことは前記二、認定の通りである。右のような事情のうちに同年八月二十四日組合はストに入つたのであるが、右被申請人等に対する各本人尋問の結果によると、スト実施中同人等が工場内に立入ることは就労の目的からではなくして、会社側と通じて争議を妨害する意図のもとに入場するものと信じたが故に、この妨害を予防的に排除する目的で同人等の入場を阻止したものであることが認められる。右五名は組合員ではないのであるから、争議に協力する義務はないが、さればとて会社側と通じて争議を妨害するが如きことの許されないことはいうまでもない。組合が前記認定のような事実を綜合して、右五名の入場する意図を前記のように認定したことは、多少行過ぎのようではあるが、このような場合右五名が会社側と意を通じて、少くとも間接的な争議妨害の行為をするだろうと予想することは当然のことというべきである。そこで組合が団結権乃至は争議権の侵害されることを予防的に排除する目的をもつて、非組合員である右五名に対し前に認定した程度のピケッティングを行うことは、之を相対的、綜合的に判断して許さるべきものといわなくてはならない。尚右五名以外の非組合員に対してピケッティングを行つたことを認めるような疎明は何もない。

3  名誉毀損、機密漏洩及工場の設備器具の破壊等について

申請人は、争議中組合員は工場の設備器具を破壊し、その他工場に損害を加える行為をし、或は会社の機密を漏洩したり、会社の名誉を毀損したと主張するけれども之を認むべき何等の疎明もない。

四、懲戒解雇の理由に対する判断

申請人は被申請人等を懲戒解雇に処した理由及基準として、被申請人等は組合の執行機関として、常に一般組合員を煽動指導して違法な争議行為をなさしめ、仮に然らずとするも違法な争議行為に対しては、執行機関として之を阻止すべき義務があるのにかかわらず之を怠り、又個人としては争議行為の前後を通じて各種の不法行為を卒先して敢行したもので、以上によつて上長の指揮命令に対する不服従、職場秩序の破壊等の結果を発生せしめたので、協約第二十七条、規則第七十三条の第三、四、六及九の各号に則つて懲戒解雇したと主張する。それで執行機関としての責任と、組合員個人としての責任とに分けて判断することとする。

1  機関としての責任

本件争議の正当性に関しその目的及手段については孰れも正当であるが、争議開始の手続規定即ち所謂平和条項については之に違反していることは前記三、に於て認定した通りである。そこで平和条項違反の争議行為の責任の限度について考えて見るのに、もともと平和条項は会社と組合との関係を定めた協定であつて、争議の開始に関する手続的な制約を定めることによつて、争議権の行使が自然的に制限されることを期待したに過ぎないもので、争議権そのものを放棄したものではないから、この協定に違反してなされた争議行為はその限りに於て違法となるのであつて、これを組合について見れば、組合自身がこの手続違反によつて生じた損害を賠償すべき責任を負うに止まり、他に特別の事由のない限り一般組合員は如何なる責任をも追求されることはないと解すべく、従つて一般組合員については、その争議行為に参加することは、原則として之を労働組合法第七条にいう正当な組合活動と見るべきものといわねばならない。そこで組合の執行機関である被申請人等の責任について見ると、証人山本次郎の証言並被申請人小野勝海及同根之木幸人に対する各本人尋問の結果を綜合すると、組合の世帯が小さい為に、いつでも必要に応じて大会を開くことができること、執行機関は組合員の意向をまとめて、立案した上大会に提出して討議するのが常であり、その大会の議長は大会の都度執行部外の一般組合員の中から選ばれるのが例であつたこと、本件ストは期せずして盛り上つた組合員の意向に基いて、無記名投票によつて決議されたものであること、ストの開始及方法等についてもその都度大会を開いては之を討議して決定したこと、及執行機関である被申請人等が、他の組合員を煽動するような事実は全くなかつたことを認めることができるし他に之を覆すに足るような疎明はない。以上認定の如く組合は極めて民主的に運営せられており、かかる事情のもとにあつて、被申請人等に対し他に特に責むべき事由について何等の疎明もない本件の場合、執行機関である被申請人等を他の一般組合員と区別して之に責任を負わしめんとすることは何等理由のないことであるから、被申請人等が本件争議行為に執行機関として関与したことについても他の一般組合員と同様之を正当なる組合活動といわなくてはならない。

次に申請人主張の如く執行機関は平和条項違反の争議行為を阻止すべき義務があるかどうかについて考えて見るのに、執行機関は組合の決議事項を執行することを本来の職務権限とするものではあるが、その決議が違法であることを認識して而も之を阻止することができるような状態にあるのにもかかわらず敢て之を執行したような場合は、その争議行為についての責任を免れないものというべきである。然し客観的には違法な争議行為であつても主観的に正当な争議行為なりと考えることに相当な理由のあるときはその責任を負わしむべきものではない。今本件の場合を見るのに、昭和二十八年八月十九日組合長根之木及執行委員福田の両名は、紛争の斡旋調停を求める為に、大分地方労働委員会に出頭したが、偶々会長が出張中で不在であり、同月二十六日頃でないと帰庁しないということであつたので、紛争の解決は急を要することであるところから、地労委使用者委員古手川、同労働者委員下川両名に紛争の斡旋方を依頼したこと、右両名は津久見市居住のよしみから個人的立場に於て、紛争の斡旋に当り、右同日及翌二十日の両日に亘つて鋭意斡旋に努めたが、その甲斐なく不調に終つたことは、前記二、認定の通りである。更に証人下川秋義の証言及被申請人根之木幸人に対する本人尋問の結果によると、古手川、下川両名の斡旋に当つては、会社側には全く誠意がなく、止むなく両名共にさじを投げる結果となつたところから、組合は爾後如何なる機関に紛争の斡旋を依頼しても成立は不可能であるという見透しをつけたこと、地労委の斡旋なしにストに入ることは形式的には協約第八十三条に違反することではあるが、既に地労委の委員である古手川、下川両名によつて斡旋がなされたことであるから、実質的には右斡旋をもつて、地労委の斡旋に代るものと見るべきものとして、直ちに協約第八十四条所定の手続を経てストに入つたこと、が認められる。このような場合被申請人等が、その争議行為を正当なものと考えることについては相当の理由があるものというべきであるから、被申請人等に対しその争議行為を阻止しなかつたことについての責任を負わすべきものではない。

2  個人としての責任

申請人は被申請人等は争議行為の開始前にあつては、臨時工の組合加入、梅田外四名に対する職場からの排除、殊に右五名の内加藤外二名の組長に対する作業命令の不服従及違法な争議行為えの参加、等各種の不法行為をなしているし又之等の行為を他に卒先して実行したと主張するが、臨時工を組合に加入せしめたことについて、之が違法な措置でないことは、前記三、(一)3認定の通りであるし又昭和二十八年八月上旬頃から組合から除名せられた梅田外四名をその職場から排除する言動のあつたこと、殊に右五名の内組長である加藤外二名の労務に関する指揮命令を拒否した事実のあつたこと、然し之が争議行為に発展するまでの行為は個人的のものであつて、組合とは関係のないものであること、は孰れも前記(三)1三、で述べた通りである。而して被申請人等が他の組合員に卒先して之を実行したことを認めるに足る疎明もないし、又その他の情状に於て被申請人等が他の組合員より特に甚だしいということについての疎明もない。して見ると右の行為に対する責任は組合員が等しく負担すべきものであつて、特に被申請人等のみに対してその責任を問うべきものではない。争議行為については、その手段及目的に於て孰れも正当なものであることは、前記三、(一)及(三)で述べた通りであるし、又平和条項違反の争議行為に参加した個人としての責任についても前記四、1で述べた通りであつて、特に組合員個人がその責任を負うべきものではない。

五、以上を綜合して結論するのに、被申請人等が本件争議行為に関与したことは、当然正当な組合活動というべきものであるのにかかわらず、申請人は被申請人等が規則第七十三条の第三号、会社の機密を漏洩し、又は会社の名誉を毀損し、第四号、工場内の秩序を乱し、第六号、故意に工場の設備器具等を破壊しその他工場に損害を加え、第九号、規則に違反し又は上長の指揮命令に従わずその情状特に甚だしい、として、懲戒解雇に処したというのであるが、第三号及第六号の事実は之を認むべき何等の疎明のないことは前記認定の通りであるし、第四号及第九号の事実は争議行為により通常の業務の運営が阻害せられた結果的現象の一部に過ぎないのである。又被申請人等が懲戒解雇されることによつて組合運動にどのような影響を与えるかは、証人播本克巳の証言によつて、被申請人等は会社との交渉、或は組合の運営等に於て組合員中最高の適任者であつて、被申請人等を除けば組合の力は半減すること、を認めることができる。して見ると被申請人等が執行機関として本件争議行為に関与したことに関連する懲戒解雇理由については、之を申請人主張の如き懲戒解雇に値する実質的理由と認定することはできないから、右証人播本克巳の証言並に前記認定の如き諸般の事実を綜合して、申請人は被申請人等が争議その他の正当な組合活動を為したことを懲戒解雇の実質的理由とするものと解する外はない。

次に梅田外四名をその職場から排除しようとし、殊に加藤外二名の組長の指揮命令を拒否したことによつて、多少なりとも作業秩序を乱したり又組長を介して行使される会社の労務指揮権を侵害して、規則第七十三条第四号及第九号に該当する結果を発生せしめたものではあるが、前記のように被申請人等を他の組合員と区別して論ずべき何等の理由のない本件に於て、特に組合の執行機関である被申請人等に限つて、懲戒解雇に処するが如きは之も亦実質的に理由のないことである。尤も申請人としては、その主張するが如く、被申請人等が、他に卒先して右の行為をなし、又違法な争議行為を煽動指導したものと認定したが故に、之等を綜合した結果被申請人等を懲戒解雇したものであろうが、その認定の誤であつたことは、前記の通りである以上仮に梅田外四名の職場から排除し、殊に組長である加藤外二名の指揮命令を拒否した結果規則第七十三条第四号及第九号に該当する多少の結果を発生せしめたことを理由として一般的に処罰するとしても、懲戒解雇に値するものということはできない。

されば前者は労働組合法第七条の規定に違反するものであり、後者は解雇権を濫用するものであるから、之を綜合して本件懲戒解雇は無効であるといわざるを得ない。

以上は前記疎明方法により一応認められたものであるが、本件疎明方法のうち以上の認定に副わないものは、すべて当裁判所の措信できないところである。

そこで本件仮処分の被保全利益が欠缺することになるから、爾余の争点について判断をまつまでもなく本件仮処分は之を取消し、申請人の本件仮処分の申請を却下し、申請費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通りに判決する。(尚本判決に於て引用した協約、規則及組合規約中の関係条文は、之を抜すいし、別紙として添附する。)

(裁判官 小野亀寿男)

(別紙)

協約、規則及組合規約抜すい

一、協約

第五条、本協約の各条項に関し疑義を生じた時は労働協議会に附議しなければならない

附議された疑義について当事者双方公正な立場に於て本協約締結の趣旨に則り早期に解明しなければならない

第七条、会社の従業員は左の各号に該当する者を除き組合の組合員とする

1 工場長、課長、秘書、係長の一部、労務係、衛生管理者、タイピスト

2 会社と組合が協議決定したる者

3 臨時工及試用期間中の者

第八条、組合を除名された者の取扱いについては会社は組合の意見を参酌の上其の身分を決定する

第二十七条、懲戒は譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇とし罪の軽重により之を行う

第八十三条、会社及組合は現社会経済状勢下に於ては企業の平和的運営が共通の目的を達成する事を認識し無用の争議を避け反復団体交渉するも解決できざる時は地方労働委員会の斡旋調停若しくは仲裁を求め鋭意平和的解決に努力しなければならない、地方労働委員会に仲裁を求める時は会社組合共同意申請の時に限るものとする

第八十四条、会社及組合は前条により解決を図る事が出来ず争議等実力により解決を図らねばならぬ時は争議通知書を作成し相手方に通知して四十八時間後に主張貫徹の為争議行為に出る事が出来る、本条による解決は最悪時最終的なものであり会社組合共平和的解決に凡ゆる努力をしなければならない

第八十六条、本協約の有効期間は調印の日より満一ケ年とする 以下略

二、規則

第三条、当支社各工場の業務に従事する従業員を分け左の如し

一、職員及本工員 熟得せる技能に依り工場常定業務に服する者

一、見習工 本従業員を志望し技能を練習する者

一、臨時工員 会社操業上繁忙なる場合及必要を感ぜる際一時的に雇入れる者

第五条、本会社の職員及工員の職名左の如し

工場次長、課長、係長、組長、副組長

第七十三条、従業員にして左の各号の一に該当する者は労働協議会に附し懲戒解雇す

一、氏名、経歴を詐り其の他詐術を用いて雇用せられたる者

二、在職のまま他に雇入れられたる者

三、会社の機密を漏洩し又は会社の名誉を毀損するが如き言行ありたる者

四、工場内の秩序を乱し又は乱さんとする者

五、工場の物品を持出し又は持出さんとする者

六、故意に工場の設備器具等を破壊し其の他工場に損害を加えたる者

七、工場の物品を無断にて他に贈与若くは貸与せる者

八、無届欠勤十五日以上に亘る者及屡々無届欠勤を反復する者

九、其の他規則に違反し又は上長の指揮命令に従わず其の情状特に甚だしき者

第七十四条、本則は昭和二十二年六月二十六日より之を施行す

三、組合規約

第七条、会議の種類、一、大会、二、委員会

第八条、会議の構成成立及び決議

一、大会は組合員総数の三分の二以上の出席を以て成立し議長は出席人員中より選出する

二、委員会は正副組合長及び書記長委員にて構成し規定構成数の三分の二以上の出席を以て成立する

三、規約の改正は組合員の直接無記名投票による過半数の決定を経なければならない

四、決議は大会及び委員会に於ても出席組合員の過半数の賛成を以て決定する

但し同盟罷業は組合員の直接無記名投票を必要とする

第二十九条、本組合の組合員に於て左の事項にてい触するときは情況により処罰する

一、本組合の共同目的及綱領規約に違反したとき

二、組合の利益を裏切りたる行為ありたるとき

三、組合の面目を汚したり統制を乱したるとき

第三十条、前条の場合本人出席の上大会の三分の二以上の票決がなければならない

第三十一条、罰則には除名と警告とがある

第三十六条、本組合を脱退しようとするものは其の理由を具し組合長に届出るものとす

組合長は之が諾否を委員会に諮らなければならない 以上

【参考資料】

仮処分申請事件

(大分地方臼杵支部昭和二八年(ヨ)第二四号昭和二八年九月九日決定)

申請人 合資会社三石耐火煉瓦津久見工場

被申請人 根之木幸人 外六名

主文

一、被申請人等は別紙図面表示(赤線を以て囲む部分)の物件内に立入つてはならない。

二、被申請人等は申請人が被申請人等以外の従業員により右図面中の表門、中門、裏門に於て行ふ申請人の製品並に原燃料の搬出入業務を妨害してはならない。

三、被申請人等は被申請人等以外の申請人の従業員が別紙図面表示の赤線部分内に出入することを妨害してはならない。

四、申請人の委任する大分地方裁判所の執行吏は前項各項の命令を執行する為現場に於て適当な処分をすることができる。

(注、保証金十万円)

(大分地方臼杵支部――裁判官 原田一隆)

(別紙省略)

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